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2007年1月18日 記
 仕事で池袋に行ったついでに、シネマサンシャインで塚本晋也監督松田龍平、hitomi主演の映画「悪夢探偵」を観た。

 「悪夢探偵」は昨年夏、医療用カーテンの情報提供ということで撮影協力をした。インテリアヨシオカで納品した東京杉並区のとみん方南町接骨院のカーテンが病院の撮影現場で実際に使用されたわけである。

 映画を観ている間、実はストーリーの展開より、病院のシーンで出てくるはずのカーテンが何時出てくるのかが最も気になった。そしてとうとうカーテンがスクリーンに映し出されたときは内心ホッとした。きれいに写っていて良かった。

 最後にエンディングの字幕スーパーの中に撮影協力として「インテリアヨシオカ」の文字が出たときは、消えるまでしっかりと眺めていた。



2006年4月17日 記
 ここ何年かでカーぺットやカーテンの採寸打ち合わせ等で電車で東京方面に行くことが多くなった。都内との往復にはJR宇都宮線・湘南新宿ラインまたは東武伊勢崎線と日光線を主に利用する。また都内では地下鉄や各私鉄もよく利用する。ここ何年かの間で恐らく首都圏の鉄道はほぼ乗りつくしていると思う。

 JR宇都宮線・湘南新宿ラインで不思議なのは昼間は15両編成で車内はがらがらなのに、通勤時間帯はどういうわけか10両編成が多くなってより混雑している。また高崎線は常に15両編成でなのに、宇都宮線はどうして10両編成なのかよくわからない。時々横浜から湘南新宿ラインで古河まで乗ることがあるが、これは大変便利だ。

 東武伊勢崎線は地下鉄半蔵門線と地下鉄日比谷線に相互乗り入れしているので安くて便利なはずなのだが、やたら待ち合わせが多くて時間がかかるのが難点だ。北千住から越谷までは複々線なのに、半蔵門乗り入れの急行と日比谷線乗り入れの各駅の差はあまりない。急行電車でも時間調整が多いのは安全ダイヤのためなのかよくわからない。

 電車内では携帯電話での通話はできないはずなのだが、どういうわけか東武伊勢崎線の車内は通話している人をよく見かける。それもシルバーシートに座りながら、堂々と大声で通話している人もいる。首都圏で最も乗客のマナーが悪いのが東武伊勢崎線ではないかと思う。相互乗り入れの東急東横線や東急田園都市線とは一本線で繋がっていてもその差は歴然としている。

 最近、良くなったのが常磐線だ。つくばエクスプレスの開通で競争が発生したためだ。かつてのチョコレート色の電車のイメージはなくなった。

 首都圏の私鉄でパスネットカードが使えないのが、東急世田谷線と西武多摩川線だ。西武多摩川線は、まさか廃止の予定があるのかどうかわかならいが、車両も古くて、スピードも遅くてまさにローカル線だ。西武新宿線はどことも相互乗り入れをしていないのが、今どき珍しい。地下鉄東西線に相互乗り入れすれば便利と思うのだが・・・。

 埼玉高速鉄道と東葉高速鉄道は運賃が高過ぎると思う。地下鉄部分が多いので、建設費が高すぎたのか、畑や田んぼの下までを地下鉄で通しているのでやむを得ないのかもしれない。

2006年1月29日 記
 久しぶりに映画を観ました。「単騎、千里を走る。」です。「HERO」「LOVERS]などの張芸謀(ZHANG YIMOU)監督、高倉健主演の話題作です。高倉健主演の映画を観たのは山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」以来です。この「単騎、千里を走る。」は「高倉健、新たなる旅立ち」としてテレビ等マスメディアに数多く取り上げられました。

 ストーリーは以下のとおりです。主人公の高田剛一(高倉健)は久々に新幹線に乗りこみ東京へと向かう。嫁の理恵(寺島しのぶ)が電話で、剛一の息子、健一(中井貴一:声の出演)が重病で父親に会いたがっていると知らせてきたのだ。健一は確かに入院していたが、長年にわたる確執から息子は今も父親に会うことを拒んでいた。打ちひしがれそっと病院を抜け出す高田に理恵はビデオ・テープを手渡すと、見てほしいと伝える。
 
 テープを再生した高田は、息子が千年以上に遡る、宗教的儀式にまつわる演劇形態の研究をしていたことを知る。有名な俳優リー・ジャーミン(リー・ジャーミン)の舞踊を観るために、はるばる中国南部、雲南省まで向かった健一だったが、あいにくリーは病気のために歌を披露することが出来ず、健一が翌年に再び雲南省を訪れたら、古典文学「三国志」の関羽にまつわる仮面劇「単騎、千里を走る。」を披露することを約束していたのだ。いま自分に出来ること、それは、息子健一の約束を自分が代わりに果たすこと…。高田は息子の遣り残した仕事を成し遂げるために、リーの舞踊をビデオ・テープに撮ろうと単身、中国の麗江市へ旅立つ。
 
 高田の手がかりは、舞踊家リー・ジャーミンという名前のみ。しかも高田の道案内をするチュー・リン(チュー・リン)は、恐ろしく日本語がおぼつかない。遅々として進まぬ状況、言葉もわからないこともあって苛立ちを隠しきれない高田。やっとの思いでリーのもとにたどり着くが、リーは生き別れになった息子ヤン・ヤン(ヤン・ジェンボー)のことを想うと「単騎、千里を走る。」を舞うことが出来ないと言う。リーは息子に一目会いたいと高田に泣きながら懇願する。仮面劇を撮影するため、やむなく高田はヤン・ヤンを迎えに行くことを決意する……。

 中国の奥地へと向かう長旅の中で高田は、多くの人に出会うことになる。中国の特異性をあれやこれやと手引きしてくれる善意の通訳、物事の道理を説く村長、そして父親との再会を拒む少年ヤン・ヤン。人々の素朴な心情に触れ、自らの深い孤独感が徐々に和らいでいくことに気づきはじめる高田。一方、高田の誠実な想いが人々の心を動かしていく。旅先で高田が見つけたもの、それは“人の優しさ”だった。そして遠い昔に失ってしまった家族の意味を、高田は少しずつ取り戻していくのであった……。

 映画では高倉健の相変わらずの渋い演技、中国雲南省の自然豊かな風景と人々の素朴さが際立っていました。中国国内での撮影風景(石頭村の村民総出での宴会)などをテレビの特番で観ると、まさに「百人の外交官より、一人の高倉健」という感じです。

 今日本と中国の間には政治的にさまざまな問題があります。「靖国問題」、「戦争責任問題」などありますが、おそらく日本政府はたとえ百万回陳謝や説明を繰り返し続けたとしても、現在の中国政府では納得することは敢えてしないでしょう。それが現状でのしたたかな中国的外交カードだと思われるからです。両国民の間に大切なことは難しい政治的問題とは別に友好的な文化的交流を進めることが大切と思います。

2005年12月1日 記
 最近世の中を賑わしていることとして「マンションなど建築物の耐震強度偽装問題」が連日マスコミに報道されています。私の住んでいるのは2×4構造の木造住宅なので、震度6や7くらいの地震では大丈夫と思っていますが、もし集合住宅に住んでいたならば非常に気になることです。私自身も一応「2級建築士」を持っているので、建築物の構造のイロハくらいは理解しているつもりですが、鉄筋コンクリート造りの柱壁の強度のこととなると難しい限りです。

 仕事の関係でよくマンションの内覧会に行きます。内覧会ではマンション室内の出来あがりをチェックをするわけですが、チェックするのは、クロス・フローリングなどの仕上がり具合、建具の立て付け具合などの表面上のことであり、コンクリートの梁柱壁床の内部までのチェックはやりようがないのが現状です。木造住宅であれば耐震上必要な筋交いや柱があるかどうかは調べればすぐ分かりますが、鉄筋コンクリート造りの場合については出来上がっている現物と建設施工会社、設計会社を信用するしかないと言えるでしょう。

 木造住宅での耐震性で判断材料としては「建物の重さの中心と建物の強さの中心との距離」、「開口部や耐震壁の位置と量」、「補強金具」などが適切かどうかであり、室内壁床の仕上げの出来不出来はあまり耐震性に関係ない。しかし屋根や外壁の出来不出来は建物の耐久性に影響します。

 あるハウスメーカーさんとのやりとりで「どんなに地震に強い家に住んでいても、いざ大地震が来た時に自分の家にいなければ意味がない。」と言っていました。要するにいざ大地震が来たも、仕事などで出かけていて、たまたまその時いたところが運悪く耐震性のない建築物や交通機関などの中では、もしかしたら意味がないわけだ。それはそうですね。

2005年11月7日 記
 今年秋の9月末から10月末まで体調を崩してちょうど一ヶ月の入院生活を送ってしまいました。この間、見積もりや工事をキャンセルさせて頂いたり、先延ばしさせて頂いたり、お客様には大変ご迷惑をおかけしてしまいました。大変申し訳ございませんでした。

 入院したのは古河市関戸の友愛記念病院で肝炎治療のため毎日の点滴と食事療養でした。入院当初は、病気になったことに対しての落胆、慣れない初めての入院生活、危険状態との背中合わせ状態からの不安などで精神的にかなり落ち込んでしまいました。しかし、2週目に入ったころから、ようやく入院生活にも慣れて、精神的に落ち着きました。 3週目に入ると、それまでの一進一退の病状から医師も驚くほど急速に回復しました。「病は気から」と言われますがまさにその通りでした。

 病気を治すには薬や注射などの治療も当然大切ですが、それよりも自分自身で病気と闘って直すという強い意志が大切と感じました。生活のリズムを自然に合わせること、物事をプラス志向で考えること、明るく楽しいリズムカルな音楽、落語や漫談を聞くことなどの結果、それらが少しずつ体に反応して、回復が早まったのかと思います。今後は、生活のリズム、無理のない食生活、体力に応じた行動などに更に気を配って行きたいと思います。

 今回の体験として、入院の際まず必要ものは、寝巻き、着替え、洗面用具、サンダル、タオル、ティッシュペーパー、ウエットティッシュ、ナイフ、フォーク、ミネラルウォーターなどがあげられます。そしてあると便利な物として、大学ノート(いろいろなデータの記録)、筆記用具、クリヤファイル(書類の整理保存)、電卓、電子辞書(いろいろと勉強が出来た)、イヤホンラジオ、目覚まし時計、耳栓、アイマスク、テレホンカード、そして場所により脱臭剤や空気清浄器などがあげられます。他に私の場合外部との連絡には携帯電話メールをそっとではなく迷惑にならないように堂々と使っていました。普段から家族間や仕事の連絡などにメールを使っていたことが役に立ちました。皆様の参考になれば幸いです。 

2005年7月23日 記
 最近運動不足により体力の減少が気になりだしました。そこで始めたのがゴルフです。かつてサラリーマン時代にお付き合いのためやむなくコースに出たりしたこともありましたが、所詮お付き合い程度で終わってしまい、暫くお休みしていました。

 今回はせっかく始めたからには基礎からしっかりとやってみようと思い、茨城県アマチュアゴルフ選手権大会で優勝経験のある友人に頼んで無償でコーチになってもらいました。テレビで宮里藍選手、ミッシェルウィーやタイガーウッズ選手の活躍を見て、自分もあのようなきれいでダイナミックなスィングに出来たらいいなと思いながら実際やってみると、これが全く難しい。なかなかイメージ通りには行かない。スィングに力が入ったり大振りになったりするとボールはフックしたりスライスしたり杓ったり。要するに自分の技術と体力を考えて、スィングをコンパクトにしてクラブヘッドを自然に回転させることが大切とだんだん分かって来ました。

 月に一度は近くの「古河ゴルフリンクス」などに練習の成果を試すつもりで行くのですが、スコアは相変わらずは「11X」とか「10X」でなかなか望み通り思うようには行かないのが現実の厳しさ。でも、習い事は、師匠の教えを素直に受けとめて、飽きずに毎日少しずつ練習することが上達への近道と言われています。あせらずゆっくりゴルフを楽しんで行きたいと思います。

2005年6月13日 記
 「アジアの歌姫テレサテン」が天国に旅立って早や10年経ちました。そこでファンの一人としてテレサのお墓参りをすることにしました。

 6月6日(月曜日)に台湾の友人と基隆市郊外の金山という町に行きテレサテンのお墓をめざしました。基隆市は台北市中心から東へ約30kmの港町で、テレサのお墓は基隆市から更に北方向の海岸沿いにあり基隆市中心から20kmくらいはあったかと思います。

 テレサのお墓は海の見える小高い山中腹の公園墓地の一番奥にあり、いろいろな四季の花に囲まれたとてもきれいなところでした。墓標に近づいたらテレサの歌声が流れてきて思わず感極まってしまい、涙が止まらなくなってました。帰る時に墓を管理している人に聞いたらアジア中から多くの人が絶え間なく来るとのことでした。帰る間際にマレーシア人の団体客がバスでお墓参りに到着したので急に騒がしくなりました。

 私たちが行った方法はまず台北駅から東部幹線通勤電車で基隆駅(43元、約40分)に行き基隆駅からタクシー(往復1,100元)で直接向かい、お墓で30分くらいタクシーに待ってもらい、帰りは海辺の道を通って基隆駅まで戻りました。基隆駅から金山の町までバスを探しましたが、いずれにせよ金山からはタクシーを使わなければならないので基隆駅からタクシーを使うこととし、早速料金の交渉をしました。たまたまタクシーの運転手さんはこちらの気持ちが分かっていたのか、行きと帰りの車内ではテレサテンのヒット曲を流してくれました。行きは心わくわくでしたが、帰りは海辺の美しい風景とテレサの歌声で言葉をなくし、しばし沈黙の時間が過ぎました。

 そのあと友人の基隆市内の親戚宅に行き、新鮮な台湾海鮮料理をごちそうになりながら、カラオケでテレサテンのヒット曲を中国語と日本語でとことん歌って来ました。

 「馬鹿は高いところが好き」と言われますが、翌日今回世界で最も高いビルである台北101(TAIPEI101)にも行って来ました。地上500mの展望台まで料金は350元、世界最速のエレベーターでわずか40秒たらずでした。たまたま天候に恵まれたので市内遠くまで見渡すことが出来ました。「大地震が来ても本当に大丈夫なのかなぁ?」と余計な心配をしながら、世界一高いビルからの眺めを堪能し、展望台を後にしました。
 

2003年6月25日 記
 ここ最近、当店のお客様も国際色豊になりました。ご縁があって、アメリカ人、イギリス人、インド人、中国人、韓国人などのお客様宅にインテリアを納めさせて頂きました。
 ある日「中国語の分かる人はいませんか?」と片言の日本語で電話があり、「ホイ イーデアール(少し出来る)」 と片言の北京語で答えたら、それからいきなり機関銃のように中国語が聞こえて来ました。その後、ナンダカンダやり取りの結果、東京深川の「劉さん」という整体師さんが整体院の開業にあたって、医療用カーテンが欲しいことがやっと分かりました。それが縁の始まりでした。それから、東京や横浜の中国整体院様にはベッド回りの医療用カーテンを納めさせて頂きました。 主なところをご紹介させて頂きます。
 ・東京都江東区深川2-19-2 中国健勝整体院 TEL03-3630-6881
 ・東京都杉並区久我山4-2-29-201 中国気功整体院 TEL03-5346-0388
 ・東京都目黒区鷹番2-19-23-5F 学芸大学リラクゼーションサロン健康整体院 TEL03-3791-9858
 ・東京都板橋区板橋1-27-13 養生堂板橋院 TEL03-3579-7186
 ・東京都板橋区本町14-9 とみん本町整骨院 TEL03-5375-1878
 ・東京都三鷹市下連雀3-28-1 養生堂リラックス整体三鷹 TEL0422-71-3068 年中無休10:00〜24:00

 ・横浜市港北区綱島東2-1-5-204 中国健康整体院 TEL045-544-9750
などです。私が感じたことは、みなさん必ずしも流暢でない日本語を使って、お客様に満足を提供するために体を張って頑張っていることです。肩こり、腰痛、眼精疲労、冷え症などの方には中国4千年の東洋式整体マッサージはお勧めです。とにかく一生懸命ですので終わったら「ニー ダ アンモア ヘン ハオ!(あなたのマッサージはとても上手!)と言えば、整体師さんも喜んでくれます。
 中国語(北京語)を勉強していて、思わぬところで役に立ちました。

2002年7月7日 記
 6月27日から7月1日まで中国(北京、天津)に行って来ました。行ったところは王府井商店街、北京郊外の建設資材市場、食品市場などと故宮、万里の長城などの観光地です。今回は飛行機のチケットとビザだけを日本の旅行会社にお願いし、ホテル、車などの手配は現地での案内をお願いした中国人の方にお任せしました。こちらは3人で行きましたので、案内人さんと運転手さんと5人で行動しました。

 建設資材市場では水道設備販売店の店員さんに室内装飾店や、木材店などを案内して貰いました。先ず感じたことは価格の安さです。洋式便器が日本円で1台約3,000円くらいで、建設会社や一般の消費者に直接販売されていました。その他の建築材料も安い!、もし建築材料を中国で買い付けて日本に送れば、家もかなり安く出来るのではないかと感じました。ただし、インテリア材料は、センスがイマイチだった。

 ついでに、食品市場を覗いてみました。市場の様子は鮮明に思い出すと食事が食べられなくなる恐れがあるので、思い出さないようにします。とにかく、価格が安いことです。特にアルコール(紹興酒)は日本の20分の1くらいかなと思いました。

 食と住は生活の最も基本となるところです。日本が高いのか中国が安いのかその差は桁が一桁間違いなく違っていました。バス代も安かった。一回乗って一元(13円)、朝遠くの公園に散歩に出かけ、帰りはバスに乗って帰って来ました。

 日本との連絡は、ホテルの商務中心でインターネットを開きました。ただ、パソコンは日本語入力できなかったのでメールをプリントアウトしてTELかFAXで連絡するようにしました。が、時々、回線の都合でツナガラナイ。結局、案内人さんの携帯を借りて日本に連絡しました。固定電話はアナログ交換機らしいので接続品質がイマイチだが、携帯は多くの人が使っていました。ただし、Eメールはまだ出来ないみたいでした。

 今回の旅行は、しばらく趣味でやっていた中国語会話が大変役にたちました。タクシーに乗っても、運転手さんと世界杯(サッカー)の話で盛り上がります。準決勝の韓国戦は商店でも街頭でも市民の皆さんはテレビを見ていて、韓国隊を応援していました。

 北京郊外にでると、私が少年時代を過ごした昭和30年代にタイムスリップした感じがしました。道路は車が少なく、農村では時間がゆっくりと流れていました。

2002年3月1日 記
 昨年9月にホームページを大きくリニュアルして6ヶ月たちました。この間約10,000件のアクセスがありました。そしてご注文も北海道から四国、九州まで日本列島から戴くことが出来ました。最近はカーテンやブラインドなど窓周り品ばかりでなくインテリアの材料としてパネルカーペット、クロスや世界で最も優れている浄水器のシーガルフォーまで販売することが出来ました。全国のお客様にご縁を戴いたことに深く喜びを感じます。そして、いまさらながらインターネットの有難さが感じられます。

 最近、お客様の商品選びをどうしているのかお伺いすると、都市部の方は、メーカーのショールームで確認してインターネットで購入先を選んでいる方が多いのに驚かされます。また、地方の方は、ホームセンターで商品選びをして、インターネットで購入という方が増えて来ました。いずれにしろ、商品情報をしっかりと確認してから購入しているので消費者は賢くなったと感じます。最近、広島県の瀬戸内海の島の方からカーペットのご注文を戴きましたが、インターネットならどこでも関係ないのですね。

 商品情報を数多くの方に安価で発信することは大切なことと思います。そうすることによって、販売コストを下げることが出来ます。インテリアヨシオカはお客様とコミュニケーションをとりながら、確かな商品情報をお伝えすることにより、お客様が望んだ確実な商品をお届けしたいと考えております。もう使い捨てをする時代は終わったなと感じます。


2001年11月18日 記
 私は仕事の関係で、よく周辺の市町村に出掛けます。そうなりますと、食事は外で済ますことが多い訳ですが、折角食べるなら、安くて、美味しくて、量があってとなります。好みは特になく、雑食で蕎麦だろうがラーメンだろうが何でもOKです。但し、予算の関係で高級グルメには全く縁がなく、所謂、庶民の味、B級グルメセカンドグルメの嗜好となります。もしかしたら「味音痴」かも知れません。

 先日、テレビを見ていたら「日本一もりのいい蕎麦屋」が紹介されていました。お店の名は久喜市の「奥会津」。絶対行きたいと思ったら、絶対忘れないのが私の特技です。たまたま、さいたま市に仕事に行くことがあったので途中で寄ろうと思い、インターネットタウンページで住所と電話番号を調べて車のナビに入力して、いざ出発。場所は久喜市役所の近くでした。午後1時くらいだったが店内はお客さんで満席でした。もりそばを注文して、出て来たのはなんと高さが20cm近くありました。また、かきあげ天は直径30cmくらいでお皿からはみ出ているし、海老天も超大型。周りの皆さん食べきれずにお土産袋に入れている人がいる。当然ながら私も食べきれず半分持ち帰りでした。お値段はもりそば普通もりで500円(税別)。安い!

 ラーメンといえばあっさりとした佐野ラーメン。佐野市出流原弁天さま近くの「小倉屋」が最も好きです。但し、行列に並ばなければ食べられないのが難点。初めて「小倉屋」に行ったのは、仕事で佐野に行ったときでした。車の渋滞に巻き込まれ、何でこんなところで渋滞するのかと思っていたら、その渋滞の先頭はなんとラーメン屋さんでした。そして行列を見て、食べてみたいと思い店に入りました。関東一円からお客さんが来ているみたい。また、ラーメン通で有名人のサインが壁に貼ってありました。最近、近くの人に聞いてみたら嵐の日でも行列があったとのことでした。

 また餃子といえば宇都宮市の県庁近く釜川沿いの「香蘭」がいいですね。餃子の命は皮だと思います。厚くなく薄くなく歯応えがあって柔らかい。「香蘭」は手作りなので一日の販売数量に限度があるみたいです。お値段は一人前280円くらいだったかな。メニューは餃子だけなので行くときは2人前は食べてきます。
奥会津 久喜市北青柳86-1 TEL0480-22-9112


2001年10月28日 記
 10月27日私の趣味であるパラグライダーをやってきました。場所は宇都宮市西部の赤岩山にある赤岩パラグライダースクール。パラグライダーは3年前に始めましたがやっと地上300m弱の山の上から出られるようになったところで仕事やもろもろの事で時間が取れなくなってしまい、一時休止でした。が今年夏、かつてのインストラクターから手紙を頂き、また飛んでみたい気になって、復活しました。久しぶりに行ったら経営者が替わっていてびっくり。かつて3年前一緒に習いはじめた頃のスクール生の方が経営者になっていました。雰囲気は以前より、フレンドリーになってぐっといい感じ。経営者の暖かい人間性が反映されていました。

 パラグライダーを始めたのは、中島みゆきの「この空を飛べたら」のサビの部分で「♪ああ、人は昔々、鳥だったのかもしれないね・・・」と赤い鳥の「翼を下さい」の「♪この大空に翼を広げ、飛んで行きたい・・・」のフレーズが、ずう〜と頭から離れずにいつかは空を飛んでみたいを思っていたからでした。


 3年前地上300m弱の山の上から始めて空を飛んだとき、耳から聞こえるのは生活空間の音がなく、風の音だけだったことに喜びました。そして遠く鹿沼の町を見て、足元の樹海を見下ろし、上空の青空を見上げて、やっと「鳥になれた」と実感しました。しかし、そんな感傷にいつまでも浸っていることは出来ませんでした。すぐに、ランデング場(着陸地点)からインストラクターが無線で、右旋回、左旋回と指示のやま、まただんだんと地上に近づいてきたら、無事着陸できるかの不安でドキドキし始めました。そして無事着陸した時、地上にいた皆さんに拍手で迎えられたことをよく覚えています。

 「空なんか飛んでいるといつかは落ちて死んでしまうぞ」と周りは言っています。しかし、よく言われることに「バカは高いところが好き」とあります。バカでもとにかく空中を飛んでいるときはそのことに集中します。なにせ、余計なことに気を取られていると命に関わりますので。

 私が行ったところは宇都宮市古賀志町のAKAIWAパラグライダースクールです。



赤岩山 中央の山の上から飛び立って手前芝生に着陸します。

2001年10月12日 記
 9月30日古河市中田公民館においてピアノの発表会が有りました。中田公民館での自主グループの合同演奏会でした。お客様は演奏者以外はちらほらでした。私は「いい日旅立ち」を練習してほぼ完成して臨みました。しかし、これまでの発表会と同様に、またしても上がってしまい間違いだらけで終わったとたん顔から火がでる思いでした。

 10月8日今度は羽生市産業文化会館で羽生市市民音楽祭が有りました。1,000人以上収容の大ホールで400人位のお客さんがいました。私は「リバーシティマンドリーノ」という30人位のアンサンブルのサークルに所属しており、マンドラという楽器を担当しています。3曲ほど演奏した訳ですが、こちらの方は私の出来は相変わらずの練習不足でいまいちでしたが、あまり上がりませんでした。

 ピアノは一人で演奏します。マンドリンアンサンブルは大人数で演奏します。上がる上がらないは場面の大小やお客さんの数ではないのです。あくまでも自分の心の状況次第なんです。そんなことを感じた演奏会でした。

 「リバーシティマンドリーノ」は現在部員の募集中です。古河市近郊でマンドリンやギターを趣味にしている方は是非職人吉岡登にご連絡下さい。

練習風景です

2001年9月20日 記
 先日、神奈川県藤沢市のY様宅にカーテンの取付工事に伺いました。古河市から藤沢市までは約100kmくらいあったと思います。当然、カーテンと工具を持って行かなければなりませんので車で行く訳ですが、どのルートで行くか迷いました。車のナビは東京を南北縦断ですが、思い切って、国道16号の内回りを行くことに決めました。

 その日は日曜日で出発は朝の5時。天気は晴れ、古河から大宮に出てひた走り、約2時間半で大和市に入りました。久しぶりに通る16号線と朝の風景を時々眺めながら、大和市内で朝食をとり、一休みして藤沢市に向かいました。

 Y様宅は藤沢バイパス沿いの14階建てのマンションでした。ご主人の暖かい出迎いを受けて、いざカーテンの取付開始。今回は、カーテンレールを外して、プレーンシェードに交換致しました。

 窓の外からは何と江ノ島が見えました。普段内陸部に住んでいる私には絶好の光景でした。
午前中で工事は終わり、折角湘南に来たのだから、江ノ島海岸に行かなくては、もったいないと思い、海岸で磯の香りの中で波の音を聞きながら、しばし日光浴となりました。

 こうした経験が出来たのは、お客様と縁ができ、訪問させて頂いたおかげと感謝しながら、帰路に着きました。帰り道は国道1号線を都心までさらに日光街道を北上して古河まで。午後の横浜、川崎、東京眺めながら、途中、東京のお客様宅で、ちょっと一仕事、草加市で煎餅を買って、ご帰宅となりました。





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インテリアヨシオカ
茨城県古河市南町4-21
TEL 0280−33−1994 / FAX 0280−32−6046

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